2020年に通しで読んでいた本
「病気は社会が引き起こす」医学の本かと思うと,自己責任論批判のような社会批評が大半.著者は大学病院のメインストリームな経歴から,告発にたいするバッシングで外されれた由.しかしそれでも食いはぐれないところが医者の強いところだ.何の芸も無い私らなら飢え死にだ.
「老人の美学」字が大きくて老眼でも読みやすい.内容は中途半端.汚い老人にならないために身だしなみや立ち居振る舞いに気をつけて,というのは著者の若いときのエッセイでも自分を二枚目と思うことで道端に痰吐くような恥ずかしい行動が抑制される云々と言ったことを読んだような気がして基本一貫した主張だが,その辺の制御する力が呆けて失われるのが老人問題の筈.そのあたりについては,普段から気をつけていたら,呆けても崩れにくいかも,的なことが書いてあってやはり妙案のある話ではない.
風呂とかでだらだら読んでいた「恐竜の世界史」やっと一通り読んだ.まえに日経サイエンスで中坊の時ウォルター・アルバレスに電凸を掛けた話が記されていたが著者はその人なのか.日本にいるとあまりわからん恐竜研究の厚みとトレンドが詳しく語られる.超詳しい文献案内もついていて30代半ばでここまでのパワーと包括性のある本出せるというのはいや本当にすごいもんだ.
和南城伸也「なぞとき 宇宙と元素の歴史」
一般書だけれど、結構難しいところもあって、風呂で読んだり寝床で読んだりすると寝てしまったりで結構時間かかった。元素の起源に関する新しい解説。2017年に連星中性子星の合体が重力波で観測された比較的直後に、ニューオリンズのAGUのバスツアーでLivingstonのLIGOを見学した。そこにその観測のインフォグラフィカルなポスターが貼ってあって(欲しかった。20ドルでもいいから売ったらいいのにと思った)、そこに元素合成のことも触れてあった。その後機会があってrプロセスの起源の理論に近年刷新があったことを知り、へえ、と思ったいたところでまさにドンピシャの解説書で極めて興味深かった。こういうことこそ人類の知恵の最前線を拓くものと思うんだけれど。このあたりのことを含んで地球化学的な授業をやりたいところだけれど、本当に難しい。半期の授業で太陽系のことなどやりつつ、元素の起源を入れたり抜いたりしているが、ちょっと時間足らないんよね。
宮田親平「愛国心を裏切られた天才 ノーベル賞科学者ハーバーの栄光と悲劇」(朝日文庫)
オリジナルは朝日選書で2007年に出ていて,文庫は昨年9月に出ていて日経サイエンスの書評で言及されていて買った.ハーバーの評伝のみならず,星一との関係など極めて興味深い.結局ナチスの台頭で国を追われるわけだが,当然ヒトラーに対してユダヤ人科学者を締め出すことはドイツ科学に壊滅的なダメージを与えることを諫言する人がいたわけだが,「それならこれから100年,ドイツは物理も化学もなしにやっていこうではないか」と答えたという.ここらが肝だな.知識人を憎んでいて,論理的なことを受け入れない独裁者に理性的な諫言はいっさい通用しない,ということだ.ここしばらく脱法行為を平気でおこなわれるようになった現状がまさにそうだろう.理性的に誤りを説いても屁とも思っていないわけだ.もう残念ながらpnrまで来てしまったかもしれない.とまれ短い本で極めて示唆に富むものであったのでこれは良い本.
図書に課外図書で買ってもらった.最初のカード破産(寸前)の話があまりにひどいが,なんとなく私的なことが連ねられていて,それらの当事者になることで成長してゆく,と言った印象を受ける.尼損は絶賛だが..
いろいろと問題点が整理されて書かれていてそれなりに面白いが,看板に偽りありだ.このインチキコピーライターのサイトのようなタイトルで売らんかなではあるがタイトルの「問題」にはほとんど答えていない.最終章は消費者にできること,と称されているが,これじゃできることはほとんど何もない.何もない,のが結論かもしれんけど.
風呂とか寝床でチマチマ読んでそれほど厚くない本なのにずいぶん時間がかかった.やっぱりマクロの生き物の話は人間に引き寄せる部分があるのが,一般に向けては強みがあるなと改めて思った.N田先生はwithdrawn paperの記述に基づいて述べた部分の修正についてずいぶん強く発信されていたが,関わる箇所はごくわずか.書き手によっては放置のレベルだろう.機器分析とかと違って,分野(手法)的にデータの管理とか提示の客観性により難しい部分があるかと一瞬思ったが,機器分析でもええ加減なことしてるとええ加減な数字が出るわけで,根本的には何も変わらない.
ずっとぼちぼち読んでいた「宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃」を読んでしまう。かなり面白かったのではあるが、最後の方は例え話、としても難しい。複数の舞台ということがやはりわからないな。初めの方の数学者の生態のようなところはお話として楽しく読める。またそこから徐々に数学に入っていて、数論的な話題が色々述べられているところは、我々のような数学全然できない人間にも大変面白く読める。具体例もわかりやすくx2+y2=3の上に有理点がないことの証明、とか強いABC予想からフェルマーの最終定理が容易に導けることなど。後半の本質的なところも退屈なわけではないが、やはり大変難しいと思う。とまれ、これはかなりおすすめ。やっぱり数学も時々勉強しないと馬鹿になる感じがする。今の会社勤めで日常送っていると、その辺全くやらなくなって20年ということで白痴化が進んでいる。ちょっと何するか考え直したほうが良い。
だらだらと読んだ。竹内均「ひらめきと執念で拓いた地球の科学」。口述筆記だろうから若干雑な感じもあるが、人選は渋い。キュビエやライエルが入っていてダーウィンはない。アガシーとかヴァン・アレンとかが採用されている。
「チバニアン」読了したが、とても良かった。実は4〜6章が肝で古地磁気の問題について門外漢にもわかりやすく解説されていて得心がいった。
さらに買ってきた「病魔という悪の物語」を読んだり。お子様向けなので小一時間でよんだが、この時節なかなか考えさせるものである。いくつか引用されているTyphoid Maryにかんする本を調べようと、そのキーワードで尼損に入れてみると、物凄い数の本がかかって驚く。著者が、早逝されているのにも驚く。
「英文サインのデザイン 利用者に伝わりやすい英文表示とは?」半分読みかけてたのを読んだ。別にデザインしないけど、勉強になることもあった。もうちょっと役物には気をつけた方がいいな。でもこの辺のことオタッキーに細かく地質学雑誌の原稿雛形に書き込んであったりするねんな。今後はハイフン・en dash・em dashぐらいはきちんと書き分けよう。FrutigerはLinotypeからしか手に入らず、普通の状態だとかなり高い。
そういや、昨夜は「しないことリスト」など読んだ。どこかで割と勧められていたので。しがらみの多いおっさんなどはそんなに自由には生きられない。若い人にはいいかもしれない。あと、ブログなりなんなり著述が商売なので、その辺のインプット・アウトプットにはいろいろノウハウを抱えているところが垣間見られる。そりゃ全部は教えてくれんだろう。
「受け師の道」webでみてつい読んだがとても面白かったよ。百折不撓というんだが、百折できるところがすでに超一流であって、並の人間は三折ぐらいで潰れてしまいますわね。とまれ投げたらあかん、局面を打開するには勉強時間を増やすしかない、というところは万人共通。しかし棋界はプロ人数絞ってるから本当に大変なんだな。
朝日のこの記事良かったので、買って読んだ。
前半は半生記。いろいろ面白いが、日本で結婚して奥さんが仕事で子供二人抱えて中国に渡るぞというところで、本人日本でD論書かないと、ということで、マリから母親中国に呼び寄せる、というところは驚愕だ。みんな大人なんだろうね。日本のネットに満ち溢れる不寛容とはえらい違いだ。
後半は日本の教育等についていろいろな批判がなされている。
どうでもいいけど著者1歳のご尊影は天使のようだね。さらにどうでもいいけど、精華大で教務主任やって、学部長やって、学長になってなので、ぱっと色物的に学長になったんではなくて、学内でしっかり仕事した積み重ねでなっているところに感心させられる。本人もそうだし、日本人でない(国籍は取得されている)といって排斥(あるいは特別扱い)しない大学も。
つい今日届いた、「みんなちがって、それでいい: パラ陸上から私が教わったこと」を昼間チラ見していたが、結局読んだ。ポプラ社でお子たちにむけた本だが、基本的にはスポ根もの。パラリンピックの話なので今日的にダイバーシティに関する部分もある。ただ、右上肢欠損で生まれて、小さい頃はいつか生えてくると思っていて、親にそのうち生えてくるのか?と尋ねても流石に親も困って曖昧に誤魔化していたところが、弟が生まれて、初めから両腕揃っているのをみて、生えてくるものではないと分かって、というあたりは切ないものがありますね。あと、考えさせられるのは、ずっと普通に大学に至るまで強豪校でチームスポーツ(ハンドボール)をやっていたところで、陸上パラ競技にスカウトされて、すぐには納得がいかんあたりか。しかし日体大あたりだと、メダル取らせることまで考えて、そういう可能性のある学生に当たりをつけてスカウトして、というのもある意味すごい話でもある。
さらっと読んだ。家内工業で作ってるのか。娘、娘婿はどんな感じなんだろうね。いろんな情報がわかりやすく解説されている。やっぱりネットでチマチマもの見ているより、解説書読んだ方が良いのはあきらか。免疫はやっぱり玄妙なシステムで、素人議論はほぼ意味がないね。MHCの多様性というところがかなりいろんなところで肝になるようだ。近頃騒がしいポピドンヨードポビドンヨードの例のうがい研究も言及されていて、イソジンより水うがいの方がよいのは、common coldのみであって、同じ研究でインフルエンザ様疾患のデータのみを取り出して解析すると、水うがい、イソジンうがいとも差がなくなるということ。ということで、うがいの評価は困難、というより全般的にダメぽの可能性が大そうだ。(本では「諸説紛々」と評されている)
ワクチンについては我々年寄りが射つ様なものについて、肺炎球菌はあまり効いておらず、公費助成の必要があるか微妙、近年できててきたものとして50歳以上対象の帯状疱疹ワクチンは勧められている(水疱瘡の生ワクチンか、サブユニットワクチン:シングリックスというそうな。すでに射てるクリニックもある様だ)。さらに多くのワクチンは(たとえばHPVなどは当然として)勧められているが、日本脳炎は数が少なくなっている(かかっても発症率が低い)ことやワクチン接種後脳炎の発生がある程度見られるので、情報を知った上で自分で判断せよ、という突き放した記述になっている。インフルは勧めていて、自分の身の回りにも勧めて射ってもらっていると言いつつ、自分は忙しくて射ってない、というところが正直というかなんというか。
合間に読んだ。「2020年6月30日にまたここで会おう」講義録なのですぐに読めます。去年スペインで訃報見てなんとなく気になっていたので読んだ。教養の役割などにも触れられていて、アラン・ブルームの「教養の役割とは、他の見方・考え方があり得ることを示すことである」などが引かれていたり。基本的には我々の様な年寄りはお呼びではなく、若者を煽る本だが、2012年6月の講義録で8年後の2020年6月30日にまた集まって、みんなで宿題の答え合わせをしよう、と呼びかけて終わるんだが、まさに諸行無常。
それまでに何かやろう。それでみんなで答え合わせをしようという中で、「逆にひょっとしたら2020年6月30日の日本は本当に悲惨なことになっていて、ここにいるみんなはすでに日本を諦めていて(後略)」に(コロナがなかったとしても)かなり近いことになってしまったのも無常。
「医療にたかるな」
「免疫力を強くする」からの孫引きで読んだ。乗り物乗ってると軽めの新書とかは読めますね。高齢化の中での医療の仕組みを変えていく闘いについてだが、いろんなところに攻撃的であまり読後感の良いものではない。が、夕張の報道などは注意して見ないとわからないことがあるのはそうなんだろうなと。最後は、官も民もだめなら公でということになるが、「ヤクザの幹部をやめて、うどん店はじめました。」などでも語られる社会の包摂といったこととも通じる部分があって、そういう方向にむかうべきなんだろうなあと。でも自分そういう類のことなかなか関われそうにないなあ。
さて、昨日今日で「できる研究者になるための留学術 アメリカ大学院留学のススメ」を読んだ。年寄りが読んでも今更ながら、面白かったですよ。自分の経験をここまで(よくある年寄りの懐古で関係者が物故か引退というものではないのに)明確に書けるのは、自分で考えて選んで進んできたところに曇りがないからなんだろうと思った。留学に限らず、研究について考えるきっかけになるものだから、いろんな立場の人が読むと良いと思った。しかし改めて英語の壁が実はかなり大きな問題やねんなあ。その意味で悶蚊とかが色々やろうとすること自体は、判らんでもない。でも日本には英語屋は山ほどいて、そいつらの利権が割り込んでくるんよねえ。しかし英語の教材なんて昔と違ってネットに山ほど転がっているから、大学なんかでわざわざ単純に英語教える意味はほとんどない。必要なのは目的別の特訓講座みたいなものではないかと思うんだが。
「女の人差し指」隙間時間にチマチマ読んでいた。時代を感じさせるところも多いが達意の文章。最晩年のエッセイなので、これ掲載されて一月もしないで亡くなったのか、とか、今度こういうことがしたい、と書かれているのが事故の3ヶ月前とか考えると諸行無常だ。
どこかでみてつい買って、他に読む本たくさんあるのに読みだすと面白くてチマチマと読んでしまった。WW2時代特に1944年8月以降の「絶望的抗戦期」の日本軍、政府の悲惨さダメダメさがリアルにこれでもかと語られる。終章あるいは後書きに語られるように、今それが、なんよねえ。いわゆる特攻系もまともな戦果ないのであって、それらを今賛美するなんてのは本当に愚かしいことだが。。若者読んでるし勧める奴がいるねんな。そういうの。特攻系でも爆弾抱いてメリケン戦車に肉弾攻撃かけろ、を提唱した後宮淳はA級戦犯でありながら戦後もぬくぬくと1973年まで生きたなんてのは本当に胸糞が悪い。沢山売れたそうなが、みんな読むべきだ。
還暦近いので読んだ。実は還暦あまり関係ない。出口さんの本読むのは二冊目だな。まあ放談なんだが、すごい前向きな本で読後感の悪いものではない。いろいろ興味深い指摘があるが、APUの学長になるとき関連法令を読み込んだ、というあたりはなるほどである。大学人結構自分の職業に直結するのに、設置基準とかすらまともにみたことない人が多いねんな。学則とかその下の履修規定とか当然設置基準を踏まえて書かれているので、全然それらの体系がわからんということになる。すると何が運用でできて何がカリキュラム改革やらないとできない、てな判別もできない、ということになる。といっても自分も凶務やるようになってから気にするようになったので人のことはいえん。日本は低学歴社会で「人・本・旅」で学び続けるべきだ、というのは確かにその通りと思うし、健康寿命が重要で年齢にかかわらずいつまでも働き続けるのが大切だ、というのもそうだと思うが、働けなくなったら福祉(年金やらなんやら)に頼ればいい、ってそうなんだがそこに多くの人が不安を覚えているのが現状なんですわね。結局政府が悪い。しかし全然関係ない事でこの本の記述により、ああ、そういうことでしたか、とバタバタと納得がいったことがあったりで、やはり本というのは読まないといけない。
「本屋さんで待ちあわせ」空き時間にチマチマ読んでいた。まとまった本読めん。昔筒井康隆の書評でずいぶんいろんな本読んだけど、この人も本の紹介うまいなあ。読売の書評集めた部分だけ短すぎであまり感心しないが、それ以外は面白い。小説主なのでそんなに読めんけど。
「大学教授が、「研究だけ」していると思ったら、大間違いだ!」
最近ちょこちょこネット上で言及されているので、図書館に入れてもらって読んだ。ちょっと気になるのはかなり昔のことと最近のことを必ずしも明確にいつのことと言わずごっちゃに述べている部分が多いこと。この20年で大学は様変わりしたので、昔のことを今のことと思い込んだ(文脈から読み取れない読解力のない)奴が尼損の一つ目のような馬鹿なレビューを書いたりするのに繋がる。
全体的には系統性のない個人的な経験・感想が綴られ、下らない駄洒落が散りばめられ、かついくつか、おいおいと思うような記述もありで(合宿で急性アル中で倒れた学生とかボロカスに書いているが、本人とか関係者は読めば丸わかりでないか、とか、男子校の高校生の学校見学で、M1の女子学生のプレゼンを見せるところで「春日部高校は男子校だから、勝負服でお願いします」とセクハラすれすれの依頼もしておいた。って今の基準では完全にアウトだと思う。→理工系ではそういうの未だ生き残ってるかもしれんが)途中でもうおこうかと思った。
が、最後の方まで来て、東大助教授のころに追い出しかけられたところでの、著書出版に至る奮闘、終章の産学連携をどう教育・研究に結び付けているかのポリシーを語るところを読むと、いやなるほどで、やっぱりどこかで必死で頑張らないといけないこと、何かポリシーを持って取り組みを考えて継続しないといけないことなど、訴えるところがある。多分若干obsoleteな感じもする大学あるある本ではなく、自伝として書かれるべきなんね、ほんまは。でも商業出版としてはこうなってしまうということ。
とはいえ工学部の考え方は、われわれ理で育った者との違いは大きく、大学、で一括りにすることの無意味さを改めて認識させられる。
なんでこんな本を入手したか?だが、理由は忘れた。ウェザーマップはお天気業だけでなく、予報士受験の講習会とかもやってるので完全商売本だな。たくさんの女性気象予報士が受験の経緯や勉強の過程、仕事を得るにあたっての経緯などを述べるが、受験に関してはやはり大学受験ちゃんとやった人は集中して臨むと半年から1年以内で受かっているが、そうでない人はかなり苦戦している印象だ。不倫で表舞台から消えた人が含まれているので、尼損のレビューなどは荒れているが、受けようと思っている人は読んでもいいように思える。
「死を受け入れること ー生と死をめぐる対話ー 」webで見かけて本屋で実物見たら字が大きくてCP低い気がして図書館で買ってもらった。修羅場くぐってきた人の放談なのでそれなりに面白い。
九十八歳の人が、ある日食べられなくなって、トイレで立ち上がれなくなった。それで病院に入院したら、若い医者が、もうお年ですからとあまり詳しく調べないで、維持療法の点滴だけやっている。それを見た娘がほかの病院に連れていってCTを撮ったら肺炎だと言うことがわかり、抗生物質を六日間投与したら回復して、自宅でまた手洗いに行けるような生活に戻った。
こないだの尊厳死もどき事件に対する維新屋とかのクソ反応が如何に問題あるか、だ。維新屋とかはいざ自分がそうなったら死にたく無いとジタバタするに違いない(PCR検査拡げるのは間違いだとネットで騒いでいた人々が、何かあったら見事にみなPCR検査受けている滑稽さ)だろうが。二枚舌。賛同する人々は想像力が欠けている。
外科の手術は教えられないんですよ。教えようがない。教えてうまくなるものではないんですよ。下手なやつは永遠に下手。
何もかもが下手くそな自分には堪えるところ。なにも優れたところがない者はどうしたらいいんだろう。
僕は,進化の過程で、神の手が二度働いた。最初に,生命ができる時、それから人ができる時。そう教わりました。そうすれば、進化論とも矛盾しません。(註:栄光学園のはなし)
うまいこというもんだが、人、はどの時点のことを言うのか?ネアンデルタール人は入るのか?とか思ってしまう。
僕は今、これといった不具合は感じていないけれど、体力の衰えは感じています(註:この時点で81か82歳)。走っているとよくわかります。六十五歳くらいから年代別の大会で入賞するのが難しくなってきて、ある大会に出た時、ストップウォッチが狂っていると思いました。
五キロのレースで、それまでは二十一分ぐらいだったのに、二十四分かかっていた。自分が感じるスピードは以前と変わらないんです。体感では衰えたと感じない。だから怖い。
60代でキロ4分あまりって、外科手術やりまくって長生きするような人は、そもそも達者なんだなと。
「父の詫び状」
向田邦子のエッセイをさらに読んだ。昔を振り返っていろいろなエピソードがあちこち時代を跨いで連綿と綴られるが、よく人やら猫やら死ぬし、割と暗い話が多い。巻末に沢木耕太郎の解説があるが、はっとするものだ。著者のあとがきに病を得た話が書かれていて、手術後に輸血による血清肝炎に悩まされた、みたいなことも書かれているが、年代的には1975年あたりになる。そのころはまだそんな状態だったんだ。そう思うと世の中、というか医療とか科学技術は本当に進んだ。
これはあかん本やな.もちろんみんな酷いめにあってるんで基本線として戦争反対を語り,筆者もそう言う立場に見えるんだけど,どこか,そう言う中にも人の美しさを,的なことが透けて見えて気分悪い.あかんもんはあかん.最近日経とかが言及している,SNSのヒトラー良い人案件だって,そりゃ人間だからいいところもやさしいいところもあるやろう,そう言うエピソードもいくらでも見つかるやろう.でもあかんもんはあかん.単にそれだけ.三国連太郎のところで「しかし,三國氏は,戦争の中で,美しい人間も美しい出来事も一度も見なかったと断言する.」と言うところはただこれだけ,まともに本人の言葉を引くことなく述べていて,最後に池田某などを持ってきて,(全くの犬死作戦の)沖縄に向けた海上特攻隊のことを長々と綴って,かつ戦争指導者が全て悪いのではなく,無謀な戦争が止まらなかったのは日本人一人一人の中にある,なんて語らせている.そりゃ言ってることはわかるけど,海上特攻かけさせた奴も戦車に爆弾抱えて凸かける作戦を考案した奴もみんな生き残って戦犯としてもまともに裁かれずのうのうと長生きしている.そんなんで日本人一人一人が,って無責任状態の追認にすぎない.それが今にまで繋がってるとしか思えん.池田某が軍隊上がりで東大に入って虐められたみたいなことをグダグダ書いているのも,やっぱりそっち寄りなんだなあ,と.
だいぶ放ってあったが,風呂で1章づつ読んで読み終えた.本当に詳細に資料検討された力作.やっぱり生産性の高い人の仕事やなあ.K-Tの解説本何冊か読んで(当事者著者含む),漠然と,クレーターは石油会社関連で認識があったが,誰も気づかず,ヒルデブランドが再発見,みたいな理解でいたが,ここでは具体的な資料をもって,通俗雑誌ではあるが天文の雑誌にアルバレズらの論文直後に,クレーター発見か?の報がバッチリ記事になっていて,さらにアルバレズ本人らにも働きかけがあって,と言うあたりがちょっと信じがたい部分がある.なんでこんなことになったんだろう?アルバレズ父の某研究者へのハラスメント的行動含めて,なんか80年代あたりは闇がありそうな感じがする.最後に仮説的とはいえ一周回ってデカントラップの寄与が議論されるが,ここまで多くの研究者が群がってあらゆるタイプのデータが出しまくられているからこそ,いまいち説明がつかないデータが認識されて,いややっぱりデカンも,となるわけで,普通だったら,隕石ですか,そうでしょうね,で終わりの話だ.そう思うと,地質学も難しいわねえ.アーキアンのプレートテクトニクスなんて対象が離散的すぎてなんぼやっても決着つかないんじゃないか.Renneの論文とかも読んだはずだが,背景わからないとなかなか理解がいたらないもんだと思った.
「日本海はどう出来たか」ノーチン先生の本前に読んだが、ざっと再読。なるほどこんな感じだったか。日本海のタフとか、ちょっと探求すべき題材もあって注意。
「恐ろしい感染症からたくさんの命を救った現代ワクチンの父の物語」南山堂とか医学系の出版社から出ていて、あまり目につかない本だが内容は素晴らしい。薄い本だが字がぎっしりで、風呂とかでちょぼちょぼ読んでずいぶん時間がかかった。時系列で整理されているわけではなく、章ごとにトピックがあって様々な話題が取り上げられている。ワクチンに関心のある人は必読。いや一般的に広く読まれるべき本だと思う。でも「文系」と称する人々のかなりの部分がこういうの1ミリも関心がないところがちょっと色んな意味で厳しいところだと、どっぷり「文系」の職場に居て思いますわ。いやマジで。教養はもう少し拡がりがないとだめですよ。とにかく人間に寄りすぎ。
ちまちま読んでいたが萬年さんの本昨夜読み終えた.「最新科学が映し出す火山 その成り立ちから火山災害の防災、富士山大噴火」
やはり後半が面白かった.防災のこととか全然知らんし.あと熱水のあたりもそういうことがあるのかと蒙を啓かされるものがあった.ただちょっと誤植とか編集に問題が目立つ.桜島の大正噴火が1923年になっていて,それだけなら単純な誤植だが,それに基づいた記述(それ以降何年経った,とか)が全部数字間違っているとか何でそんなことになっているのか謎.またコラムで字数合わせで一文削ったと推定されるところで不自然な語が残っていて意味が通らない,など.図書館に入れてもらおうと思ったら,発注済みだったわ.来年もあまり遠方に行けないようならゼミは富士山でもやるかね.
「新型コロナ 7つの謎 最新免疫学からわかった病原体の正体」
これも家内工業で編まれたのか。次々に出ますな。夏秋に書かれて11月後半に出版されているが、それでもワクチンのあたりとかちょっと話が古く感じられて、世の動きは速い。謎、はそんなに解かれないけれども、基本的なことが素人向けに書かれていて良い。結局免疫のところが読みどころで(専門考えると当たり前)、自然免疫の重要性の強調、新型コロナは感染初期のインターフェロン1の生成を阻害するところがポイント、サイトカインストームの起こる仕組み、ADEの解説などなど興味深い内容があった。ワクチンという観点では一番最後のところが関心を引くところですわね.
PCR検査については、抑制、とも読めるような(もちろん単純にそう言っているわけではない)表現があったり。同じような物言いをする著名な医学者が目立つが、これ完全にコミュニケーションのミスだと思いますわ。PCR検査増やせと言っている人々の多数は、どう考えても必要なところに行き渡ってないでしょ、と言っているのに過ぎないのに、国民全員検査とか極端な話の方を被せて否定する、つまり、単なるリベラルな発言をしている人にパヨクとか言ってるのと同じような、やり方で揶揄する、という犯罪的な主張者(コクリツ大学法人の先生とかがtwitterなんかでそういうことに勤しんでいるのが破滅的だが)に口実を与えているとしか思えない。そしてそういうところで育まれた世論が、何もしない政府を容認しているわけで、ちょっと看過すべきことではないと思う。その手の本当に影響力が、政治力がある医学者等々は文が短すぎてきちんとした議論ができないtwitterなんかでそういうデリケートな問題を軽々に口にすべきでないと思いますわ。
ただ全員検査極端、といいつつ、中国はどこかで出たら、大都市1千万人全員検査やって潰しに行ったりしているわけで、なんだかなあ、ではある。
さらに、「冬の鷹」
興味深く一気に読んだ。蘭学事始も翻訳取り掛かりのところはなかなか感慨深いものがあって面白く読んだが、こういうことになっていたのか。まあ、玄白型の人が成功しますわな、という点ではちょっとやりきれないものがある。良沢も玄白も亡くなるまでが描かれているが、良沢も息子が早世しなければ、普通に隠居して変人医者で生涯を終えただろうという点では、単に不運、ということかもしれん。著者としては良沢側を主人公として光をあてるように描かれているので、玄白の社会的能力を高く評価しつつも俗人的側面を強調していて、良沢が亡くなって、最後玄白の生涯を終えるところにきて、ドラマならば、何かどんでん返し、報いが来るところが、85歳の栄華のままに亡くなった、でおしまい。ということでカタルシスはない。世の中そういうもんや、ということを実は教訓とするのかもしれない。
「蓮如」なんでこんな物を読んでるんだ?だが読んだ。NHKの人間講座を下敷きにしたと言うことで、語りのような文章が綴られている。人物像中心で、吉崎から戻ってからの俗物化したと捉えられる老年期(それでも20年以上ある)はさらっとしか触れられていない。しかし5回結婚して27子をもうけて最後の子は84歳の時に生まれている(85歳没)ってホンマかいな?ではある。吉崎に移動して布教すると一大宗教町が生まれて、吉崎離脱して山科本願寺を起こすとそこで、一大寺所が生まれ、とものすごい経営能力?があったわけだ。そもそも本願寺の僧の非嫡出子で生まれて、父の死去で跡目争いで正妻の子を押しのけて後継者になった、と言うあたりから、そう言う力があったんだろう。しかし本願寺がこんなにあっちこっちに移動している、特に蓮如が怒りを買った延暦寺の僧兵の攻撃を受けて、大谷廟堂が破壊されて、堅田に逃げて、また堅田が攻撃されて、吉崎に移って、とほんま中世はめちゃくちゃですな。五木寛之は蓮如や親鸞で複数の本を書いているんだ。調べるともう88歳か。それでも、コンスタントに著作が出ていてすごい。